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指揮者のためいき

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[61] 関西合唱コンクール終 ...   [60] 夏休み。3   [59] 夏休み。2   [58] えっと、何ヶ月ぶり?   [57] お久しぶりです。。。   [56] アンサンブル発表会   [55] 演奏すること   [54] 謹賀新年   [53] 全日本合唱コンクール ...   [52] 全日本合唱コンクール ...   


(2006/10/10 22:47:58 〜 2005/11/24 22:33:33)


  [61] 関西合唱コンクール終了 2006/10/10 22:47:58 

今年の関西合唱コンクール
おかげさまで、何とか金賞。
で、昨年と同じくVineさんとともに全国行きも決まりました。
熊本か・・・・。馬刺し(笑)

課題曲は初めての邦人曲。
ずいぶん迷ったんですがね。最終的には自由曲とのバランスを考えて決めました。
「とむらい」は5月の定演でも歌ったので、「歌いこみすぎると煮詰まりそう」だとも思ったのですが。
シンプルすぎる音楽を演奏することの難しさ。
どんな「作戦」も効果なし(笑)
熊本までにできることを考えないと、ね。

ちょっと背伸びした自由曲だけど、たくさん練習したものをもう一度歌えることは、本当にうれしいです。
でも一度ピークに達した演奏を一旦基礎部分だけ残して解体し、再度構築する作業って結構しんどい。
新鮮さを見失わず、曲の魅力の再発見に努めよう。
体が覚えてしまっているような暗譜ではなく、歌うごとに感覚が鋭敏になっていくような、そんな音楽作りを目指そう。

演奏を終えたメンバーが「あと一ヶ月半でしなければならないことはたくさんあるね」と言っていたように、今回の演奏の内容から「学べること」はたくさんあります。
また課題が見つかったね。
さあ、また練習です。

P.S
 あ、たくさん皆様からのメールありがとうございます。
お会いしたことのない方からも多く頂戴して感謝しています。
お返事しばしお待ちくださいね。

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  [60] 夏休み。3 2006/08/31 02:52:52 

「奈良の高校生たちと」
今年も7月下旬から8月10日まで県内の3つの高校の合唱部にお邪魔してきました。各学校4〜5回程度。NHKコンクールに向けての練習でどの学校も一生懸命でした。
私はとてもとても勉強になるので感謝しているのですか、もしかして招かれざる客だったりして・・・とか心配して。
8月6日には県下10校の合唱部2年生60名で結成した選抜合唱団と6回の練習を経て、京都コンサートホールで行われた全国高等学校総合文化祭に出演してきました。
今年で6回目となるこの選抜合唱団も年々、雰囲気や意気込みも上向きで気持ちいい!
曲はアグネスティーグのミサと鈴木輝昭の「海をうしろへ」の2曲。実際6回の練習ではちょっときついんだけど、生徒たちは自分たちの学校の練習と両立してよく頑張ってくれました。
ちょうど1年前、合唱シンポで世界の優れた合唱を毎日聞いたあのコンサートホールで演奏できたことは、ちょっとラッキー!って感じでうれしかったナ。

「夏合宿」
近年では昨年に続いて2回目。2泊3日でコンクールの曲を中心に練習しました。
2日目は朝3時間、昼4時間、夜3時間の計10時間。3日目は朝昼で7時間。こんなことは特に珍しいことでもないんでしょうが、うちにとっては練習しすぎ!
でも効果あがるよな。時間を贅沢に使える練習っていうのは、イイっ!
たくさん集まってくれて、休団中の団員からお酒の差し入れいただいて、夜は10時から、夜のミーティング。これが早く切り上げて2時まで。これもうちにとっては短すぎ!

これ以外にも連盟の県コンクール(奈良は中高のみ)のゲストとして審査待ちの間に演奏させていただいたりもしました。
個人的には私の最も尊敬する先生の合唱指導を見学させていただく機会があり、ものすごく勉強になりました。そこで聞いた中学生の演奏、ちょっと忘れられません。

やっぱり刺激を受け続けないとね。

盛りだくさんだった今年の夏も、もうすぐ終わりです。寂しいなあ。

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  [59] 夏休み。2 2006/08/29 18:40:14 

続きです。

「宝塚国際室内合唱コンクール」
スペシャルバージョンということで、国際コンクールですが国内大会(笑)
ルネサンスバロック、邦人作品、フォークロアの3部門制でした。
参加したのはルネバロと邦人。メンバー全員が最低一回はどちらかに参加するこということで全体を2つに分けての参加となりました。
 「宝塚って何でいつも練習足りないだろう?」という不安を抱きつつ、楽譜にかじり付きながらも、少ない人数の「利点」を確認するような練習をしました。
コンクールの結果は思っていた以上のものでしたが、私にとっては別の喜びがありました。6年前、同じこのコンクールの講評でとても厳しいご指摘を受けて立ち直れないほどのショック受けたことがあったのですが、今回もその先生が審査員をされていました。
コンクール後のレセプションの席で、先生の方からお声をかけてきてくださって、
「とてもいい声になりましたね。あれからよく頑張りました」みたいなことを仰っていただきました。
実のところ6年前のその指摘はずっと胸の奥にあって、私の求める演奏の、ひとつのチェックポイントとなっていました。
一人の審査員の評価だけを気にしたり、逆に信用しすぎたりすることは危険なことだと思います。しかし、あの指摘は実に的を得たもので、私自身も、もしかしたら気付いていたことだったのかも知れません。
そのことだけを目標にしてきたわけではなかったし、もしかしたら忘れかけていたことなのかもしれませんが、私はその場で泣いてしまった。胸の痞えが一度に取り除かれたようなその気持ちは、「うれしい」とかいう、そんな単純な感情ではなかったです。
そう、私にとってはこの夏最大の「事件」だったのです。

・ ・・書きすぎ。また次回。

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  [58] えっと、何ヶ月ぶり? 2006/08/29 01:56:50 

なんてことだ。前回は5月・・・。
うれしがって毎日のように書いていた頃が今じゃあウソのようだなあ。

この間にあった出来事。
「第8回演奏会」
奈良市にある100年会館で。
演奏会では初めてピアノ付の作品を取り上げました。信長先生の「初心のうた」。
最初は「春と修羅」なんて考えていたんだけれど、「調子に乗るな!」って却下されました。コンクールの課題曲になるなんて思いもしなかったです(ウソ)
音をそのまま再現することの難しさはないけれど、5曲続けた時の「色分け」を楽しむことができました。で、この演奏をそのままCDにしていただけるそうです。ありがたや。

「アルティ声楽アンサンブルフェスティバル」
京都の「府民ホール アルティ」で行われるワークショップ&コンサート。
ずっと気になっていたんですが、今年やっと参加できました。歌ったのは一日目。
ゲストは松下耕先生と、さやかのみなさん。そのリハーサルを見学しましたが、これがとても興味深かったです。「ああ、あんな風にすればステージの空気って変わるんだ」っていう発見もありました。
私たちは人数制限の都合もあって希望者ばかり16名で参加しました。
アルティはタリススコラーズの演奏会などで度々聞きには行ったことがあるんですが、実際歌ってみて、驚くほどやわらかい響きがしました。奈良にもあんなホールが欲しいな。

16人といえば今のメンバーの約半数です。ずいぶん増えたもんだな、てちょっとびっくりです。そういえば初めて全日本に出たときは17人だったもんなあ。
この後の宝塚のコンクールでも思ったのですが、少ない人数で歌うと単純に音の「精度」が上がるように感じます。これって当たり前のことなのかもしれませんが、今更ながら新鮮な気持ちでした。でも裏返せば人数増えていることのデメリットってその部分なんだろうな。確かに演奏会の録音聞いてもシンプルな曲ほどダブついて聞こえてしまいます。

パート内で声を合わせること。少ない人数の頃に徹底していたそんなことが、近頃あまりできていないのです。練習への気持ちの持っていき方が、みんなちょっとマンネリしてきたね。この1年、ほとんどメンバーの入れ替わりもなく、新鮮味に欠けるのかもしれないね。

しかし、シェンヌの持ち味って、一体なんだ?
一度しっかり考えてみてほしいなあ。

・・・あ、後半は次回に。

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  [57] お久しぶりです。。。 2006/05/11 00:23:27 

これだけ長い間更新しなかったのは初めてです・・・。
理由は、「転勤」。
まさかの転勤でチョー慌しい今年の春です。

演奏会目前で書きたいこともたくさんあったのですが、とにかく時間がありませんでした。すみません・・・。

そんな中、この五月の連休中に伊丹市で行われたコーラスワークショップに参加してきました。と言っても受講生として参加したわけではなく、今回は運営スタッフとして参加しました。

初日の3日にはR.スント先生の指揮者講習のモデル合唱団としてシェンヌが演奏しました。直前にお話を頂戴して、演奏会前なのでどうしたものか考えましたが、「せっかくの機会だから」とメンバーも賛成してくれたので「必死」に譜読みをして臨みました。

曲はブラームス、ベネット、クレメッティの混声三曲とシューマンの男声曲、ハイドンの女声曲の計5曲・・・。はっきり言ってしんどかったあ。

講習の中ではアクティブ受講生の指揮で演奏し、それをスント先生がレッスンしてくださる、という形態。
「指揮に演奏を付ける」ということは難しいことで、合唱の場合、普段の指揮者の癖(シェンヌなら私)で慣れてしまっていて、本当の意味での「指揮者」の存在を忘れてしまいがちになっているのではないかな、と思います。

でもみんな必死に、前で指揮する受講生の「癖」と「要求」を感じ取り、演奏に反映しようとしてくれたいたように思います。
だれが一番勉強できたかって・・・それは私たちでしょう(笑)
演奏をあり方を見直す、貴重な体験をなりました。

さて、演奏会まで2週間あまり。
練習量が例年の3割減で現在苦戦しております。
なんたってシェーンベルク。歌えば歌うほど曲の魅力に圧倒され、でも我々の未熟さを痛感させられます。
それから、演奏会では初めてピアノを伴った曲を演奏します。
戸惑いと期待。喜びの裏に見える不安。でもそれらがすべて演奏することへの意欲となって私たちを誘います。

平和への祈りをテーマとした今回の演奏会。一人でも多くの方々の心に音楽を届けたい。
我々のこれまでの活動がすべて肥やしになってくれていることを信じて・・・。

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  [56] アンサンブル発表会 2006/02/28 15:20:04 

大きな本番がない、ということでこの時期は「シーズンオフ」と言えるのかもしれないですが、実際は5月の演奏会の準備が始まっていて「ほっと一息」なんて言ってる場合じゃない。でも本番が減ることでモチベーションだけでなく技術的な精度までダウンしちゃうのもこの時期なのです。一年で一番苦しい季節。何とかしなければ・・・。

 ということで先日「第2回団内アンサンブル発表会」をしました。
「指揮者に向かって歌う」のではなく、自分たちで作った音楽を積極的な歌いかたで客席に届けるためには?そして生きたアンサンブルを作り出すためには・・・?というような「課題」を出しておいて、練習の合間を見つけて秘密練習した成果を発表しました。
30人の団員を5人6グループに分け、選曲、曲作り、練習計画などをすべてグループ任せにして取り組みました。
より良い条件で、ということで小さなホールを借りて、また外部から審査(講評)の先生をお呼びして、そしてそれを「公開」の形で実施。1パート一人であることのプレッシャーに加えて、公開されるということには随分抵抗があったようですが、どのグループもそれなりに期待に応えてくれて、「生きた表現」へのアプローチを試みようとしていました。

自分たちに足りないものを補ったり、苦手なものを克服したりするための基礎基本を高める取り組みは、シーズンオフにじっくり時間をかけて・・・というのも一つの方法だと思います。ただオン・オフがはっきりしていない活動の中ではそのための集中した練習時間を確保することは難しい。
若い新しい団員をじっくり育てたいし、定年退職後に入団した合唱初心者にももっと自信を持って歌えるようになってほしい。
そのためには本番のステージ数を減らしてでも練習の中身を見直す時期にきているのかもしれない。

結果的にアンサンブル発表会は成功でした。ただ大切なのはその取り組みがこれからの演奏にどう生きるかということだし、何より一人ひとりの歌う力が合唱団の力となっていることに気づいてほしいということです。
「いつも後ろで歌っているあの人の声」を「初めて聞いた」ような新鮮さ。
「誰かの陰に隠れて聞こえないと思っていた」あの人は実は「すごくみんなをリードできる」ということに気づいたこと。
そんな他を知る機会であるとともに、自分も「こんな存在です」としっかりアピールできたのではないでしょうか。

はにかみながらも、互いに視線のずれた引きつり笑顔でコンタクトしながら歌おうと頑張っていた姿。初めて見たよ。
  
   
  お疲れ様。

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  [55] 演奏すること 2006/01/27 17:18:45 

今年最初のステージは高校生の音楽会でのゲスト演奏。
2年前にも一度お招きいただいて演奏しました。
最近でこそウチの演奏会で高校生の姿を見かけるようになりましたが、それでもコンクール、合唱祭などで中高生がわれわれの演奏を耳にする機会はほとんどないわけで。
「中高生だけを対象にした演奏会ってのは、どう?」って提案したことがあったけど、
「もともと来ない層をターゲットにしても、結局ガラガラでしょ?」ってもっともなこと言われたな、たしか。
「認知度が低いのも事実だけど、結局中身じゃないのかなあ」
いやあ、そうだよね。確かにそうだ。

5月の定期の演奏会の選曲は何とか年を越さずに決めることができましたが、
「うちのばーちゃんが聞いても楽しめる(解る)選曲もしてほしい」との希望にどのように応えようか悩みました。「水のいのち」や「大地讃頌」ですら知らない人は、それを知っている人の何倍もいるわけで、自らチケットを手に入れて、遠くからでも聴きに来てくださる合唱好きの方で客席の半分も埋まるような合唱団ではない私たちは、それではいったいどのような「聴き手」をイメージして演奏会を開くんだろうか?

コンクールでは「自分たちらしい」得意な曲を選曲することができます。もちろんさまざまなコンクール評や感想を見ると「パフォーマンスとしての演奏」とか「現代曲に偏りすぎ」というような意見も多くあるわけで、一概に何を歌ってもいいってことはないのかもしれないですが、それでも少なくとも「誰にでも楽しめる」選曲をする必要はないのです。

しかし家族総出は当たり前、知人には頭を下げて「今度おごるから」とか言って、半分強引に、時には脅しもしながら「客席を埋める」ことに必死にならなければならない「演奏会」で、ごく少数のマニア(響きが悪いですが・・・)の方だけが喜ぶような選曲をしていたら、そりゃ苦痛ですよね。
そういえばテナーのO君のお父上が初めての演奏会に山奥から出てこられて、2時間の演奏を聞き終えたあとに、「おれは二度と来ない!」と吐き捨てて帰られた、ということがあったなあ。同じような曲が続いたように感じて辛かったようです。

こちらはステージで渾身の思いで演奏して、時には感極まってウルウルしてるときだってあるのに、客席では「早く終われ!」なんて思ってるんだとしたら・・・。

・・で、結局自分の中ではまだ悩んでいるわけで。
でも、どのような考え方にしても「自己満足」にだけはなっちゃいかんのはもちろんだけれど、演奏会で「何を歌うか」を考える以前に「なぜ歌うか」をもっと真剣に考えなければ演奏会そのものの意義が薄らいでしまう。

高校生の前で演奏できるチャンス。ぜひ活かしたいと思います。

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  [54] 謹賀新年 2006/01/05 03:03:04 

新年おめでとうございます。
予報がはずれて比較的おだやかな(奈良では)お正月でしたね。
昨年は一年間で10回の本番があったようで、振り返って考えるとよく歌ったものだなあ、と驚いてしまいます。歌う機会を与えていただいていることに感謝すると同時に、ちょっと許容量を越えてしまってはいないのか点検する必要もありそうです。

コンクールのあとは12月に入ってから3つのクリスマスコンサートがありました。
いつもの教会でのものに加えて、同じ日の1時間半後に県西部の葛城市でのコンサート。そして1週間後にはアコーディオン奏者のかとうかなこさんのクリスマスコンサートへのゲスト出演。

かとうさんのコンサートでは3曲歌っただけですが、アコーディオンとギターが伴奏に入るって経験はもちろんないわけで、当日のステージでのリハーサルで2,3回合わせながら作っていく感じはちょっとプロっぽくてかっこよかったです。

うれしかったのは、それらどの本番でもほぼ全員で歌うことができたこと。
今までだったら、コンクールが終わったら一年が終わったみたいな空気になって(しまう人がいて)、すっかりシーズンオフの中での本番って感じが強かったんですが、今年は違ったなあ。かとうさんのコンサートなんか24日の夕方が本番で「おまえら誰も予定ないんかい?」って冗談では言ってましたが、本当はみんな都合をつけて歌いに来てくれたんだよな。その日の打ち上げを兼ねた忘年会は、なんだかとてもあったかい雰囲気でとても楽しかった・・・。で、うれしかった。

こんな状態をキープしたいな、って思うんだけど、また練習が始まれば今までと同じことを繰り返すんだろうな。レベルの差、意識の差・・・。
これだけ演奏の機会が増えると年間にこなす曲数も相当な数になります。パート間の進度差は広がるばかりで「待つ」ことが多くなってしまうパートが我慢できなくなる時が何度もあります。そういう時の練習の運びをもう少し私が柔軟にすればいいのだということは頭では分かっていますが、どうしても妥協して次に進めないのです。ごめんなさいね。

でも、できることなら、
歩くのが遅い弟を、お姉ちゃんが振り返って「もーっ!」と言いながら待ってあげている、というような愛ある関係であればいいな・・・。
が、しかし
弟は足が痛くても、泣きながらでも、走っていってお姉ちゃんの手を摑まえるのです。そうしないと家にたどり着けないから・・・。

「待ってくれている」「必ずここに追いついてくる」という互いの信頼と安心感。

練習の能率の悪い私が言うのは筋が違うかもしれないし、甘っちょろい考え方かもしれませんが、そんな空気を作れなくなったら何かがだめになるような気がするんです。
だから今感じることの出来る雰囲気を大切にしたい。

でも・・・そのことにいつまでも甘えていることが最大の罪であることはいうまでもありません。泣きながらでもいいから追いつくように走れ。まだ振り向いてまってくれている間に・・・。

いい一年にしよう。すべての演奏に責任を持って、主体的に歌う気持ちを身につけよう。
そして何よりも平和な一年でありますように。

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  [53] 全日本合唱コンクール その3 2005/11/25 22:13:14 

で、新潟のコンクールに戻ります。
出番の関係で19日に聴けたのは大学では我らが地元「奈良女子大」だけ。一般Aでは最初のマルベリーと最後二つのフィオーリ、ESTでした。
大学の演奏はいつも事前の練習時間と重なりますので聴くことができませんが、今回は地元の大学がトリで出場することもあり、時間を繰り上げて聴くことができました。
結果から言うと銅賞だったようですが、指揮者はしなやかな指揮ぶりで自然な流れを作ることに成功していましたね。ソプラノの音程が上から圧迫される感じがあり少し不安定なところはありました。また全体的に支えが不十分なのかな?あと一歩の説得力が欲しかったかな。しかし全体的に清楚な感じで音色の統一感は抜群(私好みの声です。。)。これからの可能性を十分に感じることのできる演奏でした。

さて一般です。トップバッターのマルベリークワイヤーはシード団体。課題曲はやや速めの演奏であの曲のまとわりつくような重さを打ち消していたように思いました。自由曲の選曲のセンスはさすが!見習わなければ・・・。しかし1番目の団体の宿命、会場全体の落ち着きのなさが演奏者に多少なりとも影響を与えたような印象がありました。もっと安定した音を持っている団体だと思うので惜しい気がしました。

その後は拘束時間となり、ほとんどすべての演奏が聴けませんでした。これはとても残念なことです。その間に更衣を終えリハーサル室に向かいましたが、半円形のひな壇では並ぶ間隔のイメージを持てず、バランスよく並べることに時間を使いすぎました。結果、声を出す時間がわずかとなって、いざ通して歌ってみると地に足の着かない男声がブラームスでは半音近くも下がってしまいました。いつもならあせって繰り返しピッチの確認をするところですが、今回はグッと我慢をしました。本番では問題ないと信じたからです(汗!)

あれだけ練習したんだから。と思えるには相当な練習量を積んでいる必要があると思いますが、結局はどれだけメンバーを信じることができるか、ということに尽きると思います。
本番ではある程度納得の演奏ができました。ホールの響きの素晴らしさももちろん影響したと思います。豊かなホールトーンを感じながら歌うことの喜びは何者にも代えがたく、練習し尽くしたことを信じて、目の前にいる歌い手の力を最大限引き出す気持ちの余裕が生まれます。本当に心地よかった・・・。

演奏後は素早く着替えを済ませ、客席へと急ぎました。座った位置はステージサイド。
島根のフィオーリの演奏。指揮者は直前に替わったらしいのですが、いやー見事な指揮!
音楽を引き出そうとする意図が指揮ぶりから理解でき、奏者も一体となって非常に訴えかけの強い演奏となりました。ピアノとのバランスが悪いように思えましたが、あのホールは多分、ピアノ位置が最も響かないのね。どの団体もそう聞こえました。
そして最後はEST。ブラームスは子音がよく聞こえなかったですが相変わらずよく鳴る演奏でバスの響きはうらやましかったです。自由曲はシンポジウムでも聴いた鈴木作品。そのときの演奏よりははるかに充実した出来でした。新しい日本の作曲家による現代作品を世に問うという大きな課題を自らに課し、それを演奏家としての「責務」であるといわんばかりに果敢に取り組まれる姿勢には頭が下がります。私たちとは随分意識に差があるよなあ。

全国コンクールでは本当に響きの素晴らしいホールで歌えることが多く、そのことだけでも全国に行くことの魅力は語ることが出来ると思います。スタッフの方々のお気遣いがうれしく、ほんとに気持ちよく演奏のステージに臨むことができます。ベストコンディションで歌えることの喜びは、日常の活動では味わうことの出来ないものです。
来年は熊本。行けたらいいな・・・(ちょっぴり本音)

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  [52] 全日本合唱コンクール 2 高校部門 2005/11/24 22:33:33 

先月末、広島で全日本コンクールの高等学校部門を聴いてきました。
昨年は何かピンとこない演奏ばかりで少しがっかりしましたが、今年は違いました。
心に響く演奏がたくさん聴けました。

音楽を聴くときの姿勢、というか「どんなつもりで」聴くかってことは普段あまり考えたことないのですが、無意識に自分なりの「ポイント」を持って聴いているのだと思います。私の場合、合唱ならまず「声の魅力」そして「ハーモニー感」、「声のブレンド」など直接的に感じる要素を重視していました。そして何よりも重視したいのは・・・「感動性」。これは技術とは切り離されたところにあるものだとは思いますが、もちろん技術の裏打ちなしにはそれは感じ取ることはできません。

Aグループでもっとも素敵だったのは「秋田北高校」でした。特に課題曲がすばらしい!指揮者の生き様を感じる演奏・・・とでもいうのか、とにかく表面的でないんです。ブレスの前に全員が「女として生まれてきた宿命」(少し大袈裟?)を感じているのがわかるような演奏。とにかく泣けました。
Bグループでは浦和第一が秀逸。去年も素敵だな、って思ったんですが今年は東北勢と比較しても圧倒的に素晴らしかった。声の「温もり」ってものがあって、これが女声合唱、いや女性合唱だな、って。
あと、話題の宮崎学園は・・・確かに女声と男声の響きのマッチングが良くなくって、にわか作り的な部分がありました・・・・。
いや待てよ、「にわか作り」って何で知ってるんだよ・・・。そういえば広島に行く前日、話題に乗り遅れたくなくって、録画しておいた例の番組のビデオを観ていったから、か?
なるほど巷の評価も完全に二分してるよな・・・。なんだよ、おい、先入観?、それって?

冷静な気持ちで聴きました。「生きた音楽」という意味では素晴らしい演奏でした。課題曲の第一声から音楽に引き込まれました。演奏上のキズもたくさんありましたね。張り切りすぎた面も否定できないと思います。しかし、良かった!そう「感動性」がありました。
審査員の先生方は大変だったのではないでしょうか。しかしそれでも宮崎学園が金賞に値する演奏だと評価を下したことに敬服いたします。あの演奏を聴く中でさまざまな「先入観」が聴く人の耳を狂わせたのではないでしょうか。参加校すべてのドキュメント番組を作れたらそれはどれも素晴らしいストーリーになるはず。そうなればすべての演奏をもっと「感情移入」して聴くことになるのではないかな?

「この団体は去年は金賞だったから」、とか、「選曲がいつも○○だから」、とか、ましてや「この学校は県でもトップクラスの進学校だから」(過去にハーモニーの講評にありました)とか、とにかく「今、そこから聞こえてくる音」とは無縁の条件でまずランク分けしてしまってはいないのかな?と疑問になりました。

私自身も、そしてシェンヌの演奏も、今どのような状態なのかを「客観性」をもって聴けているのだろうか、とすごく心配になりました。しかしそのことで自分たちを見直すきっかけを持つことができました。「訴求力」そしてそれがもたらす「感動性」。漠然と「熱い演奏」とかではなく何故そうなのかを追求する姿勢を団員とともに考えて行きたい欲求に駆られました。

あれ、一般部門の話からはずれちゃったな。感想などはまた次回に・・・。

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