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指揮者のためいき

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(2007/11/27 00:12:06 〜 2006/11/30 17:28:28)


  [72] 第60回全日本合唱コンクール1 2007/11/27 00:12:06 

歌いだすことで、むしろ安心できた去年の熊本県立劇場。
今年は、歌いだした瞬間に凍りつきました。

だって、全く、きこえない・・・。

出だしのテナーは順調な滑り出し。アルト、ソプラノも落ち着いて入ってきた。
いつもは次にバスにキューを出すのを、この日は「忘れた」。
そこに在るべきバスの「Va〜lde」ってーのが、な、ない!

「今年は終わった・・・」そう思って目を移したベース諸君の顔にも同じことが書いてある。

いつもなら、だんだん耳が慣れてくる頃になっても聴こえない状態は続いていて、でも必死に「客席には届いているから」って自分に言い聞かせていると、
練習では起きる気配すらなかったテナーの事故。

その後は一人ひとりが自分と戦い続けた。汗が吹き出た。

しかし演奏後に、動揺はやはり隠し切れず、客席の拍手もまばらに聞こえ、写真撮影に向かうロビーでは「気の毒で声もかけられない」って空気に包まれてしまったような、その場から逃げ出したくなる居心地の悪さ。

直前のリハーサルでの通しは手ごたえ十分だっただけに、調整ミスを悔やんだ。

演奏の納得、という我々の最低の基準すら守れなかったという意味では、いくらコンクールの審査結果がよかったとしても今回の演奏を手放しに喜ぶわけにはいかないのです。

どんなホールでもすぐに対応できる、と過信していたのかもしれない。
「今回は賞にこだわらずに、ブラームス歌わせてね」って無理を通して歌ってみたものの、まだまだ力が及ばなかったのかも知れない。

ところが・・・

当日の録音を聴いて驚いた。
確かに演奏上のキズは確認できるが、イメージ通りの音が鳴り、意図した音楽がそこにある!ステージ上では、まるで見えないものを掴もうとしているような苦しさがあったのだが、イメージする音を引き出そうとして振った棒に、彼らが確実に応えてくれている。練習で繰り返し求めた響き、我々の求める音楽がそこに展開されている!
「練習で叩き込まれて身体が自然に反応した」といった類のものではなく、それはまさしく本番のステージのみで発揮しうる「生きた音楽」だと思う。

演奏中ではなく、録音を聴いてその「演奏の納得」が得られることもあるんだ・・・な。

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  [71] 関西コンクールも終わり・・・ 2007/10/20 00:00:50 

関西合唱コンクールも終わりました。
シードで演奏できることに感謝しつつも、審査される以上に・・・いやこれとは別のプレッシャーが圧し掛かる。

ここ数年は5月の演奏会で歌った曲を自由曲に持ってくることが多かったんですが、今回は変えました。
候補は2曲あったんだけど、どうしてもブラームスが歌いたくって。
でも演奏会で歌ったOp74の1は10分超えるからボツ・・・。で、宝塚コンクールが終わってからOp.29の2に急遽取り掛かることになりました。

関西コンクールでの演奏は・・・ひどかった。
全国までに何とかなるのかよ、ホントに。
また毎年のように、練習日が増えそうです。

さて、当日の演奏が聴けたのはたったの2団体。
カンティ・サクレと合唱団LABO。
カンティ・サクレは落ち着いた大人の演奏。
音程が危ない部分があったけど、音楽的には金賞の演奏!
LABOは15人でバーバーのアニュスデイ!
「ムリやろ・・・」と思って聴き始めました。

・・・が・・・

すごい完成度。びっくりしました。
もちろん「チャレンジしました」、なんてレベルではなく。
みなさん声楽家なのかなあ。

翌日の大学の部は全部聴きました。
ちょいと疲れましたが、面白かった。
印象に残ったのは武庫川女子大学と立命館大学メディックス。
どちらも上質な音楽を聞かせてくれました。
関西の大学の部は年々参加数も増えてきて、イイ感じです。

でも卒業後はみんなどうするんだろ?
京都や大阪の一般に行っちゃうだろうなあ・・・。

奈良にも、来て、ね。

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  [70] 夏の出来事 2007/10/10 23:50:48 

夏の出来事といえばそれ以外にもイロイロあります。

8月上旬に島根での全国高等学校総合文化祭へ奈良県の高校生たちと参加してきました。
奈良県選抜女声合唱団のことは以前にもここに書きましたので割愛しますが、毎年全く別のメンバーと一から合唱を作り上げる楽しさは格別です!
で、その文化祭では、あの栗山先生のレッスンを見れちゃいました!

「思い出すために」より「種子」
演奏の「ほぐし方」がすばらしく、何も難しいことはしていない・・・という錯覚に陥るほどシンプルなレッスン!体で覚えるのではなく、また頭だけで理解するのでもなく、無理なく自然に、ダイレクトに「心に」届くアドバイスってあるんだな。
やっぱり、すごい!

それ以外には今年も県内の4つの高校と1つの中学にお邪魔して一緒に練習しました。どの学校もとても熱心で、レベルも上がってきてるなって。
コンクール本番でも納得の演奏が出来ていたと思います。コレって大切だな。

三重県と大阪府のコンクールの審査にもお邪魔しましたが、こちらもとても勉強になりました。
しかしやっぱり思うのはステージから何かを伝えることの難しさ。

トーンの美しさ、ハーモニーの安定、言葉のクリアさ・・・でも届かない。ステージの上だけで完結してしまっているのです。
取り組みや想いそのものに満足して、指揮者と演奏者の「お約束」の中だけで演奏のできの良し悪しの確認がされていく、「聞き手不在」の演奏って多いな、って。

コンクールの難しさでもありますが、「演ずる」とは「人に見せること」なんだということを奏者としてどう捉えるか・・・。
いや、もちろん自分の演奏を振り返り、反省する機会となりました。

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  [69] え!もう秋? 2007/10/09 23:53:27 

ご無沙汰しております。
前回、いつ書いたのかすら記憶にない・・・。
夏を過ぎて、今はもう秋。そう関西コンクールも終わってしまいました。

夏の出来事を振り返るとイロイロあったな、と。
恒例の宝塚コンクールにはルネサンスとロマン派の2部門に出場。
思いがけず両部門で(初)金賞!これにはびっくり!
ルネサンスは地味目な選曲でしたが、納得の演奏でした。

10年以上前の、本当に下手だった頃に一度選曲した2曲。
アネリオのモテトとタリスのエレミア。

それでなくても小さいステージなのに、いつもの年より雛壇が明らかに前過ぎる!
多分、指揮位置から2メートルも離れてなかったんじゃない?

でも、歌いやすい!!
ホールトーンを「浴びながら」歌える感覚ってベガホール以外では味わえないかも。

ロマン派では5月の演奏会で歌ったブラームスのモテト。
こちらもまあまあの出来でした。

宝塚には20年前に初出場。ビブラートばりばりの超重いマドリガルとシャンソン。
その後4年間は予選通過すらできなかった・・・。
しかし初めての舞台で味わったベガホールの響きに魅せられて、また同じステージで演奏される他の出場団体のレベルの高さに驚かされて、すっかり私たちはあのコンクールの虜になってしまっていました。

挫折の繰り返し。
宝塚に限っていえば、コンクールでの賞を目指すのではなく「あのステージ」で歌うこと、そのものが目標でした。

コンクールとは思えない、アットホームな雰囲気。当日審査後に行われるレセプションでの交流の楽しさ。観客の方々の暖かい拍手・・・。

シェンヌは宝塚を目標にし、そして宝塚に育てられた合唱団です。
室内合唱という演奏形態を守り続けたいと思うのは、そこでの経験の積み重ねがあったから。

しかし現在のシェンヌの人数はこのコンクールのサイズには少々大きすぎます。
年に2つのコンクールという活動にも考え直す時が来ているかも知れません。

しばらく、このコンクールをお休みしてコンクール以外の「目標」を見つけてみたい。
そんな気持ちをメンバーに話したら、みんな快く了承してくれました。
来年の夏は、新たな目標へのスタートとするつもりです。

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  [68] 演奏会を終えて 2007/06/01 14:53:10 

5月の演奏会が終わったあとは、しばらくゆっくり・・・ということにはならず、まさにこれからがシーズンの到来!って感じになってきます。
演奏会まで張っていた緊張感がそのまま緩むことなく次のステージへと繋げていけることは意味のあることだと思います。

さて演奏会での演奏。曲数を思い切って絞った割には全体的にやや「散漫」な出来となったように思います。
練習計画が甘かったのかなあ。いやー本当に恥ずかしい話、方舟の方舟であんなに苦戦するとは思わなかった。いかに普段から「雰囲気だけ」で歌っているかってことだと思う。
結果、練習、リハーサルでの時間配分に失敗し方舟の第1〜3曲のより深い音楽の掘り下げが不足したように感じます。

1ステージは毎年に比べれば落ち着いた状態で演奏できました。ただしピツェッティはイメージ通りに音楽を構築できなかった・・・。SATBBの編成なんですが、Tなしの4声で歌う箇所が多く、内声のつながりがかい離しちゃってBがダブつく感じになってしまいました。Brとしての音色がより内声に近づくことが必要なのだ、きっと。

2ステはブラームス。ピッチの悪さは相変わらず。和声としての音程だけでなく、旋律としての正しい音程感を身に付けないと、結果としてフレーズのピークやカデンツの和音のハマリに説得力がなくなってしまう。No,1のコラールは思うように鳴らない演奏になってしまって後悔・・・。よほどしっかり歌ってもここだけアルトが聞こえない。
No,2の4番、穏やかな楽章では4つのライン、それぞれが極限まで生かされたポリフォニックな祈りの音楽。特にアルトの旋律はすばらしい。「ああ、クラシック音楽なんだ!」と分かりきったことを思い知らされます。しかし、だからこそもっと言葉のレガートを徹底しないと。

結局、演奏会後に録音を何度も聞いて「粗探し」をするわけですが、演奏する立場で聞くポイントは、聴いてくださる方のそれとは当然食い違います。
しかし「すごく感動した」という感想などを頂いて、しかしそれでも自分たちは「演奏後に」聞く「録音された演奏」の方を信じようとする姿勢は如何なものかと感じてしまった。
自分たちの演奏を客席で聞くことはできない。それならもっと「客席の反応」をダイレクトに感じようとすることも必要なのではないかと。

演奏後に仲間と酒を飲みながら録音を聞いてああだこうだと論じあう楽しさは確かにあるけれど、私たちは素人ながら演奏者なのだから、その絶対的な聞き手としての「聴衆」に向かって、もっと刹那的に自分たちの音楽を信じて発することの必要性について考えてみるべきなのではないだろうか。

これ宿題にしましょう。時間かかってもいいから、ね。

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  [67] 第9回演奏会 2007/05/23 17:59:59 

なんだかエラくしんどかったです、今回の演奏会。
創立10周年で第1回の演奏会を開いて、その後隔年ペースで20周年に第5回。さらにその後は毎年、定期演奏会っぽくなって今年25年目で第9回。
結構、地道なペースですなあ。

橿原高校コーラス部時代には、一度も演奏会をさせてもらえなかった。それは顧問の先生のお考えで「自分たちから一方的に発信する演奏(会)」ができるのは「相応のレベルに達してから」だとか仰っていたのをよく覚えています。
「相応」のその基準はいまだによくわかりませんが、例えば「コンクールでの結果」であったり「歴史や伝統」の必要性を強調されることも多かったです。

その考えが体に染み付いている一部のOB団員は、今でも相変わらず演奏会の定期化には慎重です。一応、全国コンクールで金を取ったら毎年開催でいこう、という目標みたいなものがあって。しかし実際その通り実践しているのって、ちょっと気味悪いかも・・・。

でも演奏会の位置づけとかその意義とかは、回を重ねる毎に、よりしっかり考えないとだめなんだと思います。ただ「演奏会でしかできない選曲」みたいな発想とか、コンクールクオリティ、演奏会クオリティに違いが生まれてしまっていることって、実は演奏の方向が「内」を向いてしまっているからじゃない?結局、誰のために、何のために歌うんだ?ということに対する答えはそこにはないのです。

練習中によく「演奏に対する責任」を求めます。先日の打ち上げでは「楽曲に対する愛着」を深めてほしいとも話しました。
しかしそれはまだ、「音楽と向き合っている段階」なんだと思います。
演奏者として絶対に必要でありながら、私たちに最も欠けているもの。それは
「自分たちから発信する」意識。いや「決意」。
その意識改革があれば「適当に歌ったり」「ごまかしたり」「びびったり」「気持ちにムラがあったり」ましてや「さぼったり」・・・ということはなくなると思う。

来年は25周年、第10回演奏会です。確かに合唱団としての節目のイベントになるだろうけど、中には10年目の人、5年目、2年目の人もいるわけで、すべての団員がそれぞれの想いで、私たちの音楽の発信者となってほしいと願います。もちろん、その意味では来年はひとつの「ゴール」ではなく、新しい方向性のスタートの年と位置づけようと思います。

とにかくお疲れさまでした。
演奏については、また次回。

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  [66] 演奏会直前! 2007/05/11 18:18:24 

「ためいき、もうやめたら?」って言われてちょっと拗ねていて半年近くも更新しなかった。そう、私はA型。典型的な「気にしぃー」なのです。

もう5月、演奏会は来週に迫ってきてしまいました。
来年は25年の記念演奏会になるので、今年は縮小版で・・・ま、確かに曲数は例年より少ないですが、内容的には結構重かったりするかも。

ブラームスはずっと目標だったから、歌えることの喜びは確かにあるんだけれど、練習していく中で「まだちょっと早かったかも」と思ったりもします。
でも曲の持つ力ってやっぱり凄い。音符をなぞるだけでは絶対に音楽は見えてこないけど、ひとたび掘り始めたら際限なく向こうが音楽を求めてくる。
わけも分からず「ブラームスってなんか深いよね」みたいなイメージで歌ってしまうヤツはおらんと思うのだけど、どうもまだ全員が愛着もって歌っているようには思えない。いや、そんな風に思わせる演奏ではいかんのであります。

方舟も学生時代から大好きだった曲。
しかし去年の「初心のうた」でも思ったけど、リズムが甘くってピアノと合わないのって、普段無伴奏しか歌っていないから?いやいや私の棒が甘いんでしょう(笑)
ピッチも平均率を意識しないと本当に合わないんだ、と調律の行き届いたピアノと合わせると痛感します。
それ以外にも苦労することが多いけど、やっぱり好きだなあ・・・。

チケット売り上げに不安が残りますが、曲数を絞った分、クオリティはあげないとな。
大和高田市ってどこだ?ってよく聞かれますが、大阪からだって30分だから、みなさん来てくださーい。
演奏会後にまた書きます。

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  [65] 感動・・・一般B 2006/12/06 15:18:59 

「コンクールまで同じ曲ばかりでは面白くないから別の曲も練習しましょうね。」
なんてやっぱり私って口ばっかりで、そんな余裕の欠片もなかったなあ。
そのツケが回ってきた。17日のクリスマスコンサート。同じ日に老人ホームでの演奏と重なってしまって、今、音取り真っ最中!
でもすごく風邪が流行っていて「声が出なーい」って何人も言ってる。一週間早かったら・・・と考えたらゾッとします。

話は戻って・・・コンクールは第2日の一般Bをすべて聴くことができました。
前日の睡眠時間は3時間ほどだったけど、眠くなることはなかったです。今年の一般Bはとてもよかった。で、感想を少しだけ。

1番目の岡崎混声は課題曲から自由曲まですっきりしたサウンドで引き込まれるように聴いてしまった。とむらいの演奏がとにかく説得力があってびっくりしました。
自由曲の雷鳴と雨音の効果音が楽音と遊離せずに「映像」が迫ってくるような錯覚に襲われて見事に魅せられてしまった。しかし「指パッチン」、相当練習したんだろうなあ。

なにわコラリアーズは課題曲の第一声から声の魅力満開。ため息がでるほど美しい。
自由曲のホーミー(?)はどうやってるんだろう?とにかく響きが豊かだから何やってもカッコいい。薄っぺらくならないんですよね。最後まで会場を魅了しつくした演奏。
「すげっ!」しか言葉にならない。

続くグリーンウッドハーモニーは今年も十二音でした。ウェーベルンは一応調号が書いてあるけど無調の作品。さすがに楽譜見ていた人も多かったけど、「歌いきった」とかいう次元じゃなくて「自分たちの音楽」にしているところがホント素晴らしい。
2曲目のシェーンベルクは圧巻でした。すごくすごく感動しました。(感想にならない・・・)

MODOKIはCoolinの音楽的な解釈にすごーく納得させられた。私たちもとむらいかCoolinかで迷ったのですが、こんな演奏聴かされたら「Coolinにしなくてよかったー」って、変にドキドキしちゃった。
自由曲も含めて和音のはまりが少し安定しないところもありましたが、技術的なそういった「ミス」を「音楽性」でカバーできて、まだ「おつり」が来るところが本当にすごい。

ウイステリアコールの「追分節考」を聞いて、「あ、長野で聴いた!」って思い出した。
シェンヌの母体、橿原高校がただ一度だけ全国大会に出場したその大会。
飯倉先生が客席を向いて指揮(?)される姿を見て思い出したのです。
演奏はホールの特性を味方につけた感動的な演奏でした。シアターピースがコンクールでも同じ土俵で審査できるんだ、と思わせてくれた稀なる演奏。

聞き手に感動を与えることを「計算」して演奏することってできない。
しかし技術の向上だけでは決して到達することのできないその「領域」で演奏することのできる合唱団がある。しかもこんなにたくさん存在する。
それを確認できたことで、また次に向かおうとする力が得られた。

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  [64] 熊本2 2006/12/01 16:46:24 

(続き)

一応、ステージに出て行くときには馬刺しのことも忘れていた。(当たり前か)
興奮気味のテンションがお腹の深いところにスーッと落ち着いていくのがわかる。
メンバーの表情には・・・なーーんの変化もなし。
「よしこれなら大丈夫」、と確信した(笑)
演奏が始まった。
  あぁ気持ちいい時間!
ミスを恐れず音楽を引き出すことに集中できることの幸せ!自由曲のクライマックスまでほとんどイメージ通りに歌えた。
「結果ではなく、演奏の出来に納得できる歌を歌おう」と本心から確認しあえることの出来た今回のコンクール。
演奏が終わり、舞台上手から退場した瞬間、目頭が熱くなった。込み上げる気持ちを抑えることができない。

 「なんだろう?この感覚は・・・」

十数年前、全国のコンクールで京都エコーが歌う「地上の平和」を聴いた。
意味はよく知らなかったけれど、鋭い刃物でえぐられるような、血が吹き出るような、痛さすら感じるリアリティ溢れる音像と、またそれと見事に「対比」された平和の鐘のモチーフ。
それらが京都エコーの強力な音圧と相まって、感動してしばらくその場を動けなかった。
早速楽譜を購入。もちろんシェンヌが歌うわけではない。楽譜がどんな風に書かれているのかを見てみたかったのだ。

平和な時代の訪れをまだ若いシェーンベルクが信じて書いた作品。
調性が完全に崩壊する以前のもので、平和を象徴するニ長調へ結びつくそのクライマックスは実に感動的である

「一生、死ぬまでこんな曲は歌えないな」
心に温め続けることすらもできない曲。
・・・だから封印しました。


確かに、ひとつの「理想」や「あこがれ」だったのかもしれません。
無理だとわかりつつも「いつかはそこにたどり着きたい」想いがあったのだと思います。
演奏を終え、写真撮影に向かう途中でたくさんの方々にお声をかけていただきました。
感激でいっぱいで、おそらく写真に写った私の目は真っ赤になっているはずです。

しかし今思えばこの感激は「成し遂げた」達成感に対してのものなのではなく、「シェーンベルクの音楽」に対する「感動」そのものなのだ・・・と思います。

そして今年も思うのです。「歌い続けてきてよかった」って。


あーそれにしても打ち上げて食った馬刺しのウマかったこと。
食べた瞬間に「うまっ!」て同時にあちこちのテーブルから聞こえた。
熊本に来る前から考えていて、このタイミングを待っていたらしい・・・。
あー情けない。と鼻で笑う女声陣・・・。

しかし、この対比もまた味わいがあるのです。。。

お疲れ様。

(続く、かも。)

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  [63] 熊本1 2006/11/30 17:28:28 

「しっかり歌わないと届かないよ」
「よく響くけど、ステージ上ではほとんど聞こえない」・・・なんていう風に毎年のように初めて歌うホールでは、たくさんのアドバイスを聞きます。
すごく参考になるし、対策らしきものも直前に行えるので本当に助かるのですが、最近は
「結局、歌ってみないとわかんないな」と思っています。
実際、今年の「熊本県立劇場」では歌ってみると全く違った印象。
第一声が出た瞬間、4年前のびわ湖ホールを思い出しました。
ステージの上でホールトーンが感じ取れる、って言えばいいのかな。「あーこれは歌いやすいなあ」とすぐに感じることができました。
そう思えるときは歌い手までの距離が近く感じられて、すごく安心できます。
また、今年もいいホールで歌えました。

で、演奏は直前までボロボロで「今年はアカンな・・・」なんて話をしてました。これもまた毎年のお決まりごと。
前日に熊本に入りできたメンバーが少なくって前日練習が十分できなかった。
またその練習場が狭すぎて音の強弱の判断がつかないほど。仕方なく当日練習は急遽別の会場を探すことになりました。
するとその練習場は、今度は暑すぎて体力消耗するからって、結局早々に切り上げて、「ますます今年はアカンなあ」と落ち込みまくり。
よし、あとは本番一発の集中で!・・・しかしこれも根拠なし。

会場に着いて一般Aの最初の数団体を聞くことができました。
さすが全国!でもいい演奏を聞けば聞くほど歌いたいという気持ちと集中力が高まってくるのを感じます。
リハーサルは30分。さっと軽く通しておしまい。15分で終わってしまいました。残りは休憩にしましたがイスなどがなくって逆につかれたかなあ。
さあ本番と思ったらまたリハーサル!今度は「演劇ホール」で本番と同じステージセッティングがしてあったので、全く歌わずに立ち位置の確認と動きの練習。
誘導してくださった高校生は落ち着いた態度と素敵な笑顔でとてもリラックスできました。
ステージへ続く通路でお茶をいただいて・・・いよいよ本番。

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