昨年、一つの目標であったバッハの口短調ミサをクール シェンヌとともに演奏することができました。名作であり難曲であると言われる理由をその本番へ向かう取り組みの中で思い知らされました。しかし同時にその産みの苦しみは私たちにとって何物にも代えがたい尊い経験となりました。 今回の演奏会ではルネサンスから現代までの幅広い時代の合唱作品を演奏します。学問や文化の深まりと同様に、音楽も時代と共に進化してきました。メロディをハモらせることて対位法が発達したパレストリーナの時代から、バッハの頃には平均律によって転調やカデンツが生まれ、感情の表現の基礎が出来上がりました。モーツァルトやベートーヴェンが形式や様式美を突き詰めて確かなものとすると、音楽はやがて言葉との結びつきを得て愛や悲しみを表現するようになりました。それがロマン派の時代です。実はこのロマン派的感覚というのは、現代に生きる私たちの感情に基づく言動にも通じる一つの極地と言えるのかも知れません。 私自身はこれまでにおよそ千数百曲の作品を指揮しその多くをシェンヌと演奏してきました。私たちは創団から四十年の間にルネサンス、北欧音楽、フランス近現代、ドイツロマン派、そしてバッハなど数年ごとにテーマを決めて取り組むことでそれらの本質に触れ、合唱演奏という視点から音楽について学んできました。なぜならそれは、学びの広がりと深化が演奏の質を高めてくれるとじていたからです。演奏が単なる自らの感情発露の手段ではなく、奏者一人ひとりの心に灯る光を、(少しくらい不器用であっても)正しい音楽の言葉で語るべきものだと強く願っています。重要なことは何をどこに向かって発信するのかということなのです。「感動とは人間の中にではなく、人と人の間にあるものだ」大指揮者フルトヴェングラーの言葉です。今日もステージと客席の間を満たす空気の震えが、誰かの心の光に共鳴することを願って精一杯演奏いたします。
2025年7月5日(土) クール シェンヌ主宰・音楽監督 上西一郎
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