合唱音楽の一つの極致ともいえる口短調ミサを演奏できることは、合唱を続けている者にとって大きな憧れであります。今回は特に古楽の分野の第一線で活躍されている奏者の方々との共演が叶い、本日の演奏に向けて時間をかけて取り組んでまいりました。 合唱作品はその長大な歴史の中で無数に存在します。今回、音楽史上極めて重要なこの作品を演奏できる機会に恵まれたことは幸運でした。しかし決して単なる一楽曲との出会いといった類のものではなく、今日に向けて数年前から綿密な計画のもとバッハの作品に取り組み、団員とその学びを深め共有してきたからこそ実現したものです。シェンヌを愛し、粘り強く取り組んでくれた団員の皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。 ロ短調ミサはその規模の大きさ、演奏難度の高さが際立っていて、演奏には多くの困難を伴います。しかし徹底された作品の構築美に対する理解が深まるにつれ、演奏は音楽によって徐々に引き上げられ、その困難を乗り越える力を与えてくれます。これこそが真の音楽の力であり、名曲と謳われる所以なのだと思います。 演奏行為は楽曲の姿を明らかにすることが本質です。練習の中ではソリストや楽器奏者の皆さんからバッハ演奏に対して多くの示唆に富んだ助言をいただき、大きな学びを得ました。そこではバッハを含むバロックの演奏スタイルを一つの軸足にし、他の時代の音楽を見つめる重要性にも改めて気づかされました。バッハの存在、作品は時として神の領域のものと語られることもあります。しかし人間バッハがその頭を悩まし、苦しみの末にこの曲を生み出したはずです。彼が作り上げた小宇宙。その前では小さな存在でしかない私たちが、楽譜再現という壁を少しでも超えてその一部となりたいと願いました。数多ある合唱作品の中でロ短調ミサに出会い、挑もうとした理由はそこにあるのです。 この演奏会に向け多くの方々のお力添えをいただきました。今できる精一杯の演奏でお応えできたらと思います。
2024年9月8日(日) クール シェンヌ主宰・音楽監督 上西一郎
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